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管理人生い立ち紹介

管理人・夕湖の生い立ち 〜生きづらい中学時代〜

今日は、当ブログの管理人・夕湖について語っていきます。少し長くなるかも…

 

まず、私はいつも誰かに気を遣っているような子でした。

両親共に育ちが少し特殊だったのもあり、父は厳しく、「皆こうしてるよ!なんで夕湖だけ違うことするのかな〜」とよく言われていました。

「父の言う皆とは、どこからどこまでの皆なんだろうか」と、よく感じていたのを覚えています。

そしてそんな風に否定されるのが怖く、いつしか私は自分の意見が言えない子どもになっていたようです。

私は小学校の頃から度々先生にこんなことを言われていました。

「言いたいことを言っていいんだよ」

「先生の許可がなくても、トイレに行ってもいいんだよ」

でも自分では、言いたいことを我慢している自覚なんて全くなかったから、先生にこう言われるたびに「どういうことだろうか?」とピンときてなかったのです。

小学校では吹奏楽を嗜みました。

アルトサックス。

今でも好きな楽器です。

そして小学校5年生から急激に走るのが速くなり、陸上競技会ではハードルの選手に選ばれました。

といっても、速い人と比べると遅く、遅い人や普通の人と比べると一番という、微妙なポジションでした。

同じように水泳でも、速い中では最後の方になって、普通の中では速い。

ただそんな私にも、上手だと言われるものがありました。

それが、「作文」と「絵」です。

当時は、どちらもあまり考えることなく形にできていました。

父が大の小説好きで小説家になりたかった過去があること。

そして父がよくイラストを描いては「これはりんご」「これは犬」と見せてくれて、その時間が私は好きでした。

ただ、そんなに努力しなくても書くことと描くことが上手にできたせいか、特別努力することもなく、中学校に上がる頃には段々とその「人より上手」は薄れていたと思います。

小学校では学年が上がるにつれ、どちらかというと暗い部類に入る、陽キャではないグループに属していた私。

夜更かしして親に隠れて絵を描いたり、お話を5時間も6時間も脳内で妄想しては悦に浸ったり。

友達と遊ぶのも好きだけど、一人で自分の世界に没頭するのはもっと好き。

私の小学生時代はそんな感じでした。

 

そんな感じのまま、中学に入学。

最初に私が苦手になったのが、男子生徒という存在。

いま思うと不思議になるくらい、私は男子という生き物が未知で恐ろしくて、隣に座るのさえ恐怖でした。

男子と普通に話している女子陣を見ると、「なんてすごいんだろう」と羨ましく思う日々。

次に私が苦手になったのが、音読。

そして、音読の多い国語の授業です。

物語を読むことはとても好きで、音読も割と上手かった私は、それまで音読が苦手、なんてことには縁がなかったのですが。

確か中学2年になってすぐだったと思います。

それは、ある日突然のことでした。

国語の授業の音読中に、緊張して呼吸がうまくできない、声が震える。

自分でそれをどうしようもできない。

「何、これ!?」

前回の音読はいつも通りにできたのに。

どうなってるんだろう。

訳が分からない。

そしてその音読でのトラウマは常に私に付き纏い、その後の音読では毎回症状が出るようになり、私を苦しめるようになっていました。

後々になって、これが社交不安障害という、思春期に発症しやすい疾患の一つだと知るのですが、当時の私はこの症状に名前が付いていることも、この世の中に自分と同じ悩みを持つ人がいるということも想像できず、一人で苦しんでいました。

友達に会ったり、勉強することは楽しい。

でも、音読が怖い。

音読ほどじゃないけど男子も苦手。

音読がある国語の授業が怖い…。

学校に行くのが億劫で、朝少しだけ遅刻をする。

遅刻が増える。

仮病を使って学校を休む。

早退するので母親が迎えに来る。

そんな毎日。

国語は一番好きな授業だから出席したい、でも怖くて出席できない。

在学中にあと何回国語の授業があるのか数えて卒倒しそうになる。

そんなことを考えていると、今度はまた別の症状が顔を出してきました。

それが、朝学校にいこうとするとお腹が痛くてトイレに篭る、というもの。

お腹の調子が悪い日が増える。

決まって学校のある日だけで、休日はなんともない。

そんなことが続いて、母親と病院で検査をすることに。

結果は、過敏性腸症候群。

幸い、その症状自体はそんなに重くなかったので、授業中にお腹が痛い、ということはなかったように思います。

ただ、根本的な問題は解決していなかったので、中学生にして、「生きづらい世界だ…」という思いがありました。

 

次に続きます→

管理人・夕湖のプロフィール 〜演劇との出会いと摂食障害〜

そんな生きにくさを感じつつ、地元のデザイン科高校に進学🏫 人数も少なく、進学校でもない。 少しでも心穏やかに過ごせるのではないか、という期待もありました。 結論から言うと、私はこの小規模な高校を選んで ...

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