地元に帰ってこいという親の言葉もあり、私は専門卒業後に愛媛に戻りました。
しかし、地元で就活をしようと思っても、特に資格があるわけでもなく、かといって書くことに関する仕事を自分で探してきて応募する…というほどの情熱もなく。
体調を崩したこともあり、穏やかにできる仕事がしたいという気持ちもありました。
そこで見つけたのが、介護の仕事。
色々な求人誌やハローワークでも募集している。
これなら食いっぱぐれがないと思いました。
まずはバイトをしながらヘルパーの資格を取得し、資格取得と同時に地元の特別養護老人ホームへ。
そこは2年ほどで退職し、今度は知り合いの紹介で有料老人ホームへ。
職場内で抗争が多かったのと、契約社員で賞与もなかったので、ここも一年ほどで見切りをつけて退職しました。
この時には、すでに介護福祉士を所得できる実務経験年数をクリアしていたので、資格取得の為勉強に専念することに。
どうせ勉強するなら、徹底的に内容を理解したい。
そう思い、自分の中では多い1日8時間の勉強を毎日続けること数ヶ月。
晴れて合格。
介護福祉士を取得し、すぐに気になっていた施設で働くことが決まりました。
この会社では2回の異動があり、計3箇所の施設で働きました。
どこも違う個性を持ち、そして楽しかった。
計10年働いたこの会社は、今でも私にとっては忘れられない大切な場所です。
そして私はこの職場で、最初に結婚する元夫と出会います。
元夫との最初のきっかけは、当時の上司の言葉でした。
「深井さんとすごく合いそうな子がいる」
その、すごく合いそうな子は、私が働く1階ではなく、2階で働いている男性職員。
彼は私の一つ年上で、上司の言う通り、彼とは会話のペースや趣味も合い、すぐにお付き合いすることになりました。
仕事での彼は高齢者に優しく、穏やかで、周りからの評判もいい。
私に対しても同じように優しく、そして彼の家族がとても心の広い人たちで、私は彼の家族も大好きでした。
一年半ほど、何の問題もなく過ぎていました。
私が違和感を持つようになったのは、結婚の話がまとまってきた頃です。
同じ職場にいる彼と、少しだけ仕事での意見が合わなかったりすると、面倒になって連絡をしばらく無視される。
そんなことが数回ありました。
ちょうどその頃、彼は今より待遇の良い、友人の働く病院への転職が決まりました。
「同じ職場でなくなったら、こういうことでイライラすることもなくなるでしょ」
彼はそう言っていましたが、正直私にはそう思えなかった。
「結婚したら毎日のように顔を合わせ、意見の違うことがたくさん出てくるけど、大丈夫なのか」
そう不安になりつつも、でもそれ以外の時はとても仲が良い。
何より私もいい歳で、もう結婚のカウントダウンに入ってるし、彼の家族はいい人。
後には引き返せない。
大丈夫、結婚したら結婚したでなんとかなる!
そう思って、29歳の誕生日に結婚しました。
そこからの転がりは早く、結果をいうと、うまくいっていたのは結婚して一年間だけ。
結局、結婚して2年で離婚をしました。
離婚する前の半年間は、話しかけてもほぼ返事がないような状態。
彼は、結婚前に思っていた通り、話し合うことのできない人でした。
もちろん、私にも非はたくさんあります。
転職して一杯一杯な彼にしっかり寄り添えなかったこと。
理想を押し付けてしまっていたこと。
何より、きっとこの人は大切なことほど話し合えない人なんだと薄々気づいていながらも、それを見ないふりして結婚したこと。
結婚適齢期で焦っていても、両家に挨拶していても、例え彼の家族がいい人たちでも!
踏みとどまることがベストだったなと、今になってなら思えるんですけどね💦
でも結局、この経験がなかったら気づけなかった気もするし、人生に無駄な経験はないってことなのかもなあ。
そうして離婚した私は、程なくして二つのものに出会いました。
私の人生を変えていくものたち。
一つがジムでの筋トレ。
そしてもう一つが手帳です。
まず筋トレ。
それまでにも、いろいろなフィットネスジムに入会しては幽霊会員になり、会費だけ落として結局退会する、というのを繰り返していました笑
お金は減り、行かなきゃいけないというプレッシャーと行けてない罪悪感だけが増えていく魔のループ…
行ける時に行こうと思うと、結局行かない。
モチベーションが続かない。
自分がジムに行くことで、どう変化しているのかも分からない。
一人では続かない。
そんな私がジム通いを習慣にできるようになったのは、もちろん…
-
-
インスタつながり編 武道の達人あき2
続きを見る